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セルフサポート

磁気誘導ループ

音環境整備にむけて

家庭内での補聴装置(磁気誘導ループ)                 

はじめに

過去の事業の経験から聞こえに不安を持つ人の住宅整備環境のあり方、その中でも今回は補聴装置、磁気誘導ループについて考えてみよう。

補聴器の能力の限界

よく誤解されるのであるが健聴者で補聴器をかければ「聞こえる」と思っている人は多い。難聴の疑似体験で耳栓をすることがあるが、補聴器を実際にかけて数時間でも生活してみた人はいるだろうか。補聴器の音は静かなところでは問題ない。しかし、外からのさまざまな音、これが相当な問題であることが体験できるであろう。

部屋の反響音、空調音、他人の話声。外に出ればマイク部分には風切音、交通の騒音。話を聞こうにも部屋の位置によって相手の声は簡単にマスキングされてしまう。喫茶店や酒場などはほとんど地獄に近い。

まったく音のない世界にいる聞こえない人は少ない、逆に全国に少なくとも約400万人の聞こえになんらかの不安を持つ人がいる。実は、聴覚障害者の身障手帳所持者数は人口比0.03%弱である。これは全国で40万人に満たない。しかし、都市圏の補聴器店に対する聞き取り調査では、身障手帳を用いて補装具を補装具として購入する人はおよそ10人に1人という回答がえられた。
補装具は行政がお金を出して助成してくれるが、大半の人は補聴器を現金で買っている。

確かにかなりの数にのぼる聞こえにくい人がいて、その人に応じて千差万別の聞こえにくさがある。

聴覚障害者、難聴者は会話音域の周波数のすべては聞こえなくとも一部分で聞こえの手がかりをつかんでいる。

視覚に置き換えて考えてみると、AさんとBさんの区別はみなさんはどのような視点で見分けられているだろうか。突然こう聞かれても返答に困るに違いない。
実に抽象的に、すなわち全体像として見分けていることがわかるであろう。決して部分だけで判断して見分けているわけではない。

さて、聴覚障害者は「あ」「い」「う」「え」「お」の語音をどのように聞き分けているのであろうか。それは自分が聞こえる、あるいは聞くことが可能な小さな隙間から想像力たくましく判別している。もっとも、この想像は音速のごとく超高速に無意識になされているが、重度、聞こえにくい人ほど、とぎれがちになって当然判別があいまいになっていく。

視覚に置き換えるならばいわば、人の全体像は見えないため、一部分、たとえば髪のスタイルでAさんBさんを見分けている状態を想像してほしい。補聴器で全体的の音を大きくしても、音の図体だけが大きくなるだけで肝心の髪のスタイルは下から見上げる形になって見えなくなってしまう。

また、傘をさしたり、帽子をかぶられたりしたら簡単にお手上げ。このように簡単にまわりの環境に左右されてしまうのである。

補聴器に不必要な音が入るということはまさにこのような状況なのである。

補聴装置について

このように補聴器で会話の音声情報を得るということは困難きわまりない。そこで確実、かつ、直接的に音声を補聴器に入れることを目的として補聴装置なるものが存在する。

音を伝える手段としては、単に拡声器を用いたり、音を振動などに置き換えて伝えてもいいのだが家庭内ではいささか実用性が薄い。

家庭内での補聴装置としては、今のところ、FM方式、赤外線方式や磁気誘導ループ方式が代表的であろう。これらは単なる聴取のためとしての役割だけでなく、リハビリテーション機器としての役割もある。

これらの装置はいわば本来、補聴器と同列に位置づけられるものである。しかし、補聴器を長年にわたり使用している人ですら、その存在を知らない人が多いのが現状ではなかろうか。

さて、この補聴装置は家庭内において主にテレビの音声、ラジオ、オーディオ機器そして楽器などを音源として利用する。

FM方式は送信機を用い音声信号を電波で飛ばして受信機へ、これをアダプターを介して補聴器に入力する。FM補聴器のように補聴器自身が受信機になっているものもある。もちろんFMだから音質がよい。電波の届く範囲を動きまわれるので利便性もある。欠点とすれば受信機や送信機のメンテナンスがわずらわしいことである。実はこれが意外と高齢者や子供にとっては使いにくいものとなってしまう。

赤外線方式はFM電波を赤外線に置き換えたものである。音質もよい。欠点は受信器を絶えず発信機に向けていなければならないことであろうか。受信機がヘッドホン方式になっているものもあるが中度以上の難聴になると使いづらい。補聴器装用者にとってはメンテナンスもよいとはいえない。

磁気誘導ループ方式は一度、設定してしまえば使っている補聴器のスイッチを切り替えるだけで聴取することができ、すぐれた利便性がありメンテナンスフリーといっても過言ではない。欠点は他の2方式に比べて音質が劣ること、周辺にある家電製品の電磁波の影響を受けやすいこと、設置がわずらわしいことである。

さて、この中で家庭内での補聴装置として有効な選択肢はいずれであろうか。客観的にみてどの方式も一長一短があるが、家庭内においてはあえて古典的ともいえる磁気誘導ループを提案してみたい。

磁気誘導ループについて

補聴装置のいずれの方式にもいえるが、音源のレベル、ゲインに合せて適正な設定が必要であること。もちろん、聴取者の補聴器に対しても同じである。

このことから、家庭内での補聴装置には、必ず当事者に密着したカウンセリングやセッテングがともなうといってよい。

まずい事例では合わない状態で聞いて頭痛がしたり、逆に聞こえなくてあきらめてしまっている例も少なくない。補聴装置は単に商品の売り切りで済ませてはならない代物なのだ。

磁気誘導ループ方式であるが、音質については他方式に比べると再現時の周波数帯は広いとはいえない。しかし、補聴器装用者にとっては会話音域を重視する点ではかえって聞こえには好都合であることもある。

実際、T社の製品は会話音域を確保すると共に、500Hzの部分を多少強調し、かつ、高音も落ちないように設定してある。アンプ側にもボリュウムもついており、調整効果も高い。結果、会話音域の聞き取りが従来のものに比べて楽になっている。

部屋の中の電磁波、電波などの影響を受けやすいのは事実である。しかし、これは施工時にループアンテナの敷設方法により解決できる問題であろう。

利用対象者としても中度から最重度の聴覚障害者が利用できる。リハビリ効果が期待できる手段であるといえよう。

磁気誘導コイルの環境

磁気誘導ループは音声信号を磁気に置き換えて直接補聴器に伝えるシステムである。その歴史は近年の補聴器の歴史と同調し、最初は補聴器のスイッチを切り替えて電話の音声を聞くことを目的とした。つまりは電話を使用する必要から生まれたものなのである。

磁気誘導ループはその原理を応用し、北欧で主に教会などへの敷設を中心に広まった。電話機であるが最近では高性能で音質のよい、すなわち磁気のもれない受話器が主流になったため、補聴器のスイッチを切り替えて使用することは困難になった。

ところが、今でも補聴器の磁気コイル用切り替えスイッチはさまざまな場面で使いこなせるのである。

補聴器装用者は、電話が困難である。しかし、現在、普及しているグレーのデジタル公衆電話は音量調整ボタンと共に受話器に磁気コイルがついている。スイッチを切り替えてしまえばどんな騒音の中でも電話の音声だけに集中でき、実に有効に使える。

会社員のEさんは営業に出ても外からの電話は使いにくい。会社から支給された携帯電話は使いにくい、そこでEさんは公衆電話を探すことになるのだが、なるべく騒音の少ないところの電話機を探すと思われがちだが実は違う。車通りに面したところや、駅のプラットホームような騒音の激しいところの公衆電話を探すのだ。このからくりは、騒音の大きいところの受話器は騒音抑制型になっている。これは感度の鈍い古いタイプを使っているため、受話器から磁気がもれる。騒音の中、Eさんは補聴器を切り替えて快適に使っているというわけなのだ。

最近、携帯電話の普及がめざましいが、携帯電話各社の受話器からも磁気が出ていて補聴器の切り替えをおこなうことによって音声が聞きやすくなる機種が多くなった。
世界標準の規格からなのだろうか、各社ともこの使い勝手については一切PRしていないことが不思議なぐらいだ。

日本製の海外向け輸出仕様の電話機には磁気コイルがついているそうである。しかし、国内向けはコストのせいか、電話機の性能への影響か、コイルがついているのは非常に少ない。しかし、最近では補聴器対応電話としてわざわざ能書きに書かれているものもある。

また、磁気もれがするヘッドホンというのがある。使っているスピーカーの仕様によってその傾向があり、たとえば、飛行機の座席についているヘッドホン。緊急時の説明や情報を聞くのに必要なものであるが、磁気がもれるタイプのものでヘッドホンを補聴器にあてがいながら切り替えればよく聞こえる。

補聴装置の課題

補聴装置は主に公共施設で集団補聴装置として整備されはじめている。この意味ではそこそこ理解が得られているといってよい。

しかし、使う側である当事者と施設運営側に十分な啓発がなされていないため、有効に使いこなされている例は少ない。安価とはいえない設備であるが、施設完成後、施工業者から引渡しが終わった時点で設備されているのが忘れさられてしまうケースもあるぐらいだ。

集団補聴装置として市民が利用しようにもどのように使っていいのかわからない、というのが現状なのだ。これは使う側、多数の補聴器装用者にとっては困った問題である。

このことからも、まず、家庭内で個人にあった補聴設備を整える、ということの重要性がうかがえる。いつまでたっても身近なものにならないために、聞こえないのは仕方がないことだとあきらめが先に立ってしまう。

しかし、補聴装置としての知識や技術をもった販売店は補聴器店といえども、全国的にみて皆無といってよいほどである。それだけ、手間がかかる割には利益が少なく、業者参入が遅れている。補聴装置の地域レベルでの啓発にどのような形で取り組むべきか、早急な課題であろう。

難聴児と補聴装置

近年、医学の発達により、人工内耳の施術例が盛んである。また、新生児の時からの聴力検査も行われるようになった。しかし、難聴児にとって大事なのは聞くことへの執着力であり、早い時期に聞こえる耳、聞く耳を発育させねばならない。早期の音入れや発語訓練が大切とされているのは周知の事実である。

日本でも言語聴覚士の制度が整備されつつあるが、問題なのは体幹障害やけがに対してのリハビリ体制は確立されているものの、聞こえに対してはないに等しいことである。

子供に対しては医療、教育の現場で検査や治療、訓練や学習の機会は与えられるが、こと、家庭内での態様に関しては社会的な関心が薄い。近隣近所との関わり、家庭内でのコミュニケーションの方法論や音環境についての議論がもっとなされてもよいような気がする。

ここで危惧しているのは難聴児が家庭を安住の場として受け入れられないのはあいかわらず、ということだ。ノーマライゼーションの気運がさかんであり、ろう学校、ましてや難聴学級すら少数派になりつつある。しかし、聞こえの障害を単に個性として位置づけることは相当の危険性をはらんでいるのではなかろうか。

難聴児には聞こえの自主的な執着を持たせることである。それも、早期に。発語訓練は席に座らせたら成功、といわれるほどに子供にとっては高いハードルになってしまう。子供は動くものや音の出るものに関心を持つのは自然なことであり、テレビに補聴装置が装備されていればそれがそのまま訓練の場になりえるのである。

先にも補聴器の音の不明瞭さを指摘した。子供にとっては自分がどの音域のどのレベルの音を判別するか、できるのか、体で覚えていかねばならない。これから難聴児にとって医療、教育はともかく、整備の遅れた家庭、すなわち音環境の整備が特に必要なのではないだろうか。

磁気誘導ループ応用例

実際に重度といわれる人の例をみてみたい。特に子供の場合は、自ら磁気誘導ループどころか補聴装置を入れてほしいとはいわない。現在のところ貴重な経験であろう。

Y君、7才。かなりの重度であるが今では喜んで磁気誘導ループを使ってテレビを見ている。幼稚園の時に他の福祉設備と合せて導入した。学校で先生に補聴器をかけてよかったことはなに?と問われて、テレビの音がよく聞こえるのがうれしいと答えたほどである。結果として彼の場合、聞き取り能力に多大に影響している。お友達の家に遊びに行くことがあるがテレビの前では盛んに補聴器のスイッチを切り替えて首をかしげているとか。

E子さん、11才。小学校3年生の時、初めて磁気誘導ループの音を聞いた。最初は会話より、ドラマや映画の効果音に興味を示したものだ。最初は疲れ気味であったが、今ではピアノもループをとおして練習している。歌が大好きで、むろん、テレビや音楽を聴く時には手放せなくなっている。

40才のTさんの話しであるが、テレビの音やラジオの音は補聴器をつけてもどんなに大きくボリュムを上げても聞き取れない、反響音でどうも音が薄くなったような感じで駄目だったとか。仕事上、黙っている時が多く、喋る時も語音の発音を忘れてしまっている自分に愕然とした。発音ができないのである。彼にとっては帰宅後、補聴装置を通して会話音を聞くことが言葉のリハビリになっている。

高齢者と聴覚障害

高齢者が聞こえにくくなって先ず孤独を感じることは、電話とテレビの音声である。電話は相手の声が聞こえにくくなるのは当然としても、何度も聞き返すので相手がいいかげん閉口してしまうことが多いようだ。本人は気付かないまま、電話連絡は向こうのほうから遠のいていく。

テレビは団欒の場での問題だ。家族がなぜ画面をみて笑っているのかわからない。自ずと会話が合わなくなり自分からあきらめて家族とのコミュニケーションも薄くなってしまう。

聞こえに対してあきらめは簡単であるが精神面での影響は多大なものであることは簡単に想像できよう。また、高齢者にとって老人性難聴は突発的な出来事に等しく弱った体では簡単に対応できない。適応力が衰えている以上、補聴器でやたら音をいれても辛いものがある。補聴装置で楽に音声が聞ける環境、またわかりやすく音を確認できる環境が必要なのはいうまでもない。

地域社会における音環境の整備とは

家庭内での聞こえの障害は多くの人にとって大変なストレスになる。家族とのコミュニケーションが満足にはかれない、危険の予知や対応ができないという不安感もある。

聞こえないということは行動に直接的に障害を与えるものではない。ごく当たり前のように社会生活しているとみられがちである。しかし、情報の不足に応じてさまざまなストレスを感じており、安住の場所である家庭内においても自分の安心できる環境が確保されていないということが問題なのだ。

もしそうであれば結果として、いちじるしく生活意欲、すなわち学習意欲、労働意欲がそこなわれることが想像できよう。そもそも、社会参加のモチベーションは人間関係、ひいてはコミュニケーションの問題であることを忘れてはならない。

また、聴覚障害者の中には子育てをする環境にある人もいる。自分のことだけならまだしも、子育てをする行為そのものが新たな困難さをはらんでいるのだ。また、他の障害を抱えているケースも多い。高齢化となるといっそう重複、重度化の色合いは濃くなる。

このように、一概に家庭において音の環境の整備といってもさまざまな態様が存在し、当然広い視点で考えていかなければならないのである。

あとがき

介護保険制度が来年度より実施されるが、結局は個人の要求、必要性をどこまで尊重できるかということである。地域で生活を続けていくことに対し、どのような形でこれに答えていくか、さまざまな場面で模索時間が必要であろう。しかし、多様に流されて聞こえの保障の課題を忘れてはならないのではないか。

また、家庭環境だけに限らず補聴システムの普及を支援するための社会的しくみが必要であろう。補聴の専門員として保健所や福祉事務所に常駐させる。住宅整備事業の実施マニュアルの中に音に関する整備事項を明確に盛り込む、あるいは担当者への啓発を義務付ける。介護保険制度の中では介護支援専門員などの実務研修に補聴に関する講座を取り入れることなどが考えられよう。

   
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